年表

1865(慶応元)年

宮崎県児湯郡上江村(現・高鍋町)に高鍋藩士・石井萬吉の長男として生まれる。

1871(明治4)年 6歳

藩校明倫堂に入学。

1878(明治11)年 13歳

高鍋島田学校(旧明倫堂)を卒業。

1879(明治12)年 14歳

東京の攻玉社に入学、翌年4月に帰郷。

1884(明治14)年 16歳

内埜品子と結婚。

1882(明治15)年 17歳

岡山甲種医学校に入校。

1884(明治17)年 19歳

岡山基督教会牧師・金森通倫より洗礼を受ける。郷里に馬場原教育会を立ち上げる。

1889(明治20)年 22歳

最初の孤児を預かる。岡山市の三友寺に孤児教育会(後の岡山孤児院)を設立。

1889(明治22)年 24歳

医学書を焼き棄て、孤児救済に生涯を捧げる決意をする。

1890(明治23)年 25歳

長女・友子誕生。

1891(明治24)年 26歳

濃尾地震の震災孤児93名を受け入れる。

1892(明治25)年27歳

次女・震子誕生。

1894(明治27)年 29歳

孤児院内に実業教育を兼ねた事業部を設置。茶臼原への移住開始。

1895(明治28)年 30歳

三女・基和子誕生。妻・品子永眠。吉田辰子と再婚。

1897(明治30)年 32歳

私立岡山孤児院尋常小学校を開校。

1898(明治31)年 33歳

音楽幻燈隊を結成、寄付金募集公演を開始。

1899(明治32)年 34歳

大原孫三郎と出会う。幻燈隊がハワイへ出発。

1902(明治25)年 35歳

大阪出張所設立。教育功労で藍綬褒章を受賞。

1903(明治36)年 38歳

岡山孤児院が財団法人に認定。

1904(明治37)年 39歳

幻燈隊が台湾で公演。

1906(明治38)年 41歳

東北凶作地貧困孤児の救済に着手。孤児院の孤児数が1200名を超える。茶臼原へ50名の孤児が移住。

1907(明治40)年 42歳

東京事務所、大阪事務所を開設。

1908(明治41)年 43歳

腎臓病を患う。8歳以上の男児63名を茶臼原に移住。

1909(明治4)年 44歳

大阪に愛染橋保育所、日本橋同情館を開設。

1911(明治44)年 46歳

三女・基和子永眠。

1912(大正元)年 47歳

茶臼原への移住完了。

1913(大正2)年 48歳

「茶臼原憲法」制定。長女・友子が児嶋虎次郎と結婚。

1914(大正3)年 48歳

孫の虓一郎誕生。1月30日永眠。

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